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近隣諸国

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ザンビアの近隣諸国(インド洋コーストの旅ーナイロビ)

ザンビアへ赴任していた2年間に近隣諸国へ足を伸ばす機会があり、東アフリカのインド洋沿岸へ旅行した。また、ザンビアの東に位置する国マラウイへも、そして、 任期満了時になかなか行くチャンスがないだろうと南部アフリカのボツワナと スワジランドへ旅行した。

 

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ナイロビ

ナイロビ再び

 ザンビアに赴任するときにフライトが遅れて一泊したナイロビ、ルサカから思えば大都市の印象だった。ナイロビには国際機関HabitatやUNEPも本部事務所を置いているほどの大都会なのだ。

 ナイロビの語源は、マサイの言葉で”冷たい水のあるところ=泉”という意味。標高1800mの高地に位置する。それゆえ気候は日差しは強いものの熱帯高地特有の乾燥したサバンナ気候だ。Out of Africa アウト・オブ・アフリカの舞台がケニアであろう。

ラム島からはナイロビへは直行のフライトを利用した。当初、ラム島の良さを知らなかったので予定に入れていなかったからだ。このフライトで3週間というエクスカーションチケットのスケジュール通りに修正された。

 

 

日本料理屋”赤坂”

ナイロビの楽しみの一つは日本料理屋へ行くことだった。これは和食が恋しかったというわけではなく、アフリカの日本料理屋がどんなものか体験してみたかったからなのだ(ザンビアにはなかった)。ここへ来る前にモンバサで、連日”香港”という中華料理屋通いをしたのであるが、でも和食は和食、いいものだった。メニューはお昼時だったのでツナのフライ定食を食べた。

ケニアでは、チャパティナ・カランガというインド料理とアフリカ料理がミックスしたようなケニア料理がごくごく一般的であり(もっと他にもあると思うけど)、これはどこで食べても美味しかったことをつけ加えておく。
ところでまだ赤坂はあるのだろうか?

 

 

在ケニアザンビア大使館

これまた、初めてのことであるがザンビア大使館を訪れた。知人がザンビアへ来ることになり、ビザを申請しに行った。手続きは至って簡単、ザンビアを訪れる旅行者は多くないのであろうか、多いから慣れているのか、少ないから事がスムーズに運んだと見るのが妥当だろう。迅速に処理され、翌日か翌々日の予定日にビザを受領した。私はナイロビの後、ハラレで一泊の予定だったので、ここで別れてルサカで落ち合うことにした。

 

ザンビア航空ナイロビ支店

それはさておき知人の航空券を買いにザンビア航空の事務所へ行った。カウンターがあり、ルサカまでの航空券購入を申請し、しばらくして航空券が発券された。このあたりの事務手続きのスムーズさは、ザンビアと大きく異なることを感じた。ルサカではかなり横柄で、直ぐに予約システムがダウンしたりだったから明日来てくれとよく言われたものだ。

 

 

JICAナイロビ事務所

JICAの在外事務所はJICAザンビア事務所しか知らないのでザンビア所長の薦めもありどんなものか訪れてみることにした。セレナホテルに近い近代的なビルに入居していた事務所はザンビアとは印象が大違いだった。数年前にJOCV駐在員事務所から格上げされた事務所とは違って当然だっただろう。それほどここケニアは東アフリカの玄関口としての重要性があったに違いない。

 

ナイロビの宿

ナイロビでの宿はセントラルマーケットに近いインド人経営のアンバサダーというホテルに投宿した。最初にフライトの遅れで一泊したときはインターコンチだったので、ホテルの格は比べるまでもなかったが、ここはここで非常に快適だった。インド洋コーストは熱帯そのもの、かなり暑かったがナイロビはひんやりしていた。そのせいなのか、旅の疲れからなのか体調を崩して微熱を出し、しばらく身体を休めた。

 

 

 

東アフリカ航空会社体験

今回の旅行で利用した航空会社は、ルサカ−ダルエスサラームがザンビアエアー、ダルエスサラーム−ザンジバルがエアータンザニア、ザンジバル−モンバサがケニアエアー、ナイロビ−ハラレもケニアエアー、ハラレ−ルサカがジンバブエ航空を利用するスケジュールにした。こんなときでもないとこの地域の航空会社がどんなものかわからないのでそれを実践した。よって、できるだけフライトは出国する国のナショナルフラッグとした。

 

 

 

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